MEMBERメンバー

“1つ”にこだわらず
続ける挑戦。

徳永久国Hisakuni Tokunaga

とにかく好奇心に溢れたA.W.L.M.のアイデアマンが、徳永久国さん。藍染やコンクリートなど、木工に別の技術や素材を掛け合わせて全く新しいものづくりを模索したり、自ら積極的に外のコミュニティとつながりを持って町の雇用創出を目指したりと、そのアイデアと行動力とで2020年入隊の若手ながらも、他のメンバーたちから厚い信頼を得ています。生まれは山口県。自動車部品製造会社でエンジニアとしての安定した職を辞め、大きな決断を経て上松に移住した徳永さんの活動から見えたのは、今を大切に何事にも前向きに取り組む”覚悟”でした。

徳永久国Hisakuni Tokunaga

1991年山口県生まれ。2015年山口大学院卒業後、広島県にある樹脂部品メーカーに勤務。2019年に上松技術専門校に入校。翌年上松町地域おこし協力隊に着任し、返礼品の制作や、雇用創出のためのコミュニティづくりなどに邁進中。趣味はスキューバダイビング。

自らを見つめ直して拓けた、ものづくりの道。

徳永久国さんが上松町の木工と出会ったのは、地元・山口で過ごしていた大学時代のこと。地域で開催されていたクラフトイベントを訪れた際に目に留まった木工作品がきっかけでした。

「もともと工芸品が好きで、足を運びました。惹かれたのはとある木工作品。なんとなく気になって、作家の方にどこで木工を勉強したのかを聞いたところ、長野の上松技術専門校だと教えてくれて。それが『上松』の名前をはじめて聞いた時だったように思います」

当時はまさか自分が職人になるとは思っていなかった徳永さん。大学院へ進学し、卒業後はものづくりに関わりたいと、広島の自動車関連部品を製造する会社にエンジニアとして就職しました。携わったのは、コンピューター上で製品の性能や機能のシミュレーションや解析を行う業務。しかし働き始めて4年ほど経った頃、少しずつ日々向き合う仕事に対して違和感を抱き始めたといいます

「4000〜5000人の従業員を抱える大きな会社だったのですが、それゆえ自分が携わっている業務が、大きな歯車のほんの一部でしかないことに少し虚しさを覚えるようになりました。ましてや1日中PCに向かって行う解析業務は、本来やりたかったものづくりに直接影響を及ぼさない仕事。当時は『このままでいいのかな』という漠然とした不安を抱いていましたね」

もともと手を動かす作業が好きだった徳永さん。やりたいことを見つめ直したことで、自らのものづくりへの思いに改めて気がつきました。

「やっぱりものづくりに携わるなら、自分が思い描いた“まだ世の中にないもの”を作っていきたいと思ったんです。そして、その一工程だけに関わるのではなく、アイデアを出し、デザインをし、手を動かして作って、販売・流通させるところまでを一貫して自分で行えるような仕事がしたいなと」

そんな折に頭をよぎったのが、学生時代にクラフトイベントで知った上松にある木工の技術専門校のこと。「自分のやりたいことに正直になろう」と一念発起し、仕事辞めて上松町へ移住。そして技専へ入校することに決めました。

つくる上で大切にしたいのは“違和感”。

2019年、新たな環境に身を置いた徳永さんを待ち受けていたのは、年齢や経歴、考え方の異なる仲間たちとの出会いでした。

「作品をつくるという行為ひとつに対しても、人によってアプローチが異なるんですよね。例えば自分は前職の経験から、エンジニア視点で、生産性を重視してつくろうとするのに対して、時間度外視で徹底的に手間をかけて向き合うデザイナー・作家視点の人もいる。それぞれのバックボーンや考え方が会話にも作品にも反映されていて。多様な人たちと密に交流ができたことは印象深かったです」

また、毎日自らの手を動かしてじっくりとものづくりに向き合う中で、“オリジナリティを大切にする”という自身が制作をする上での指針を認識できました。

「当時意識していたのは、作品に何かひとつユニークな特徴を持たせることと、加工の仕方を見た目には分からなくすること。例えばローテーブルならば、面も足も全てが直線で構成された中に、1要素だけを曲線のあしらいを盛り込んでみたり、足と天板の接合方法を外からは分からないように工夫し、一見ひとかたまりの木材からできているように見せたり。一目見た時に、他にはない何かしらの違和感を感じさせられる作品こそが自分は好きで、これから作っていきたいのだなと気づきました」。

1年間の学びの期間を経て卒業後に徳永さんが選んだのは、協力隊のメンバーとして上松に残る道。一度は木工作家への弟子入りも考えたそうですが、協力隊ならば、木工の鍛錬を積めると同時に、それだけに留まらないまちづくりや仕組みづくり、別の分野や地域との交流など、様々な経験をすることができるのではと感じ、決断しました。2020年に入隊しておよそ1年、目下取り組んでいるのは、やはりオリジナリティに富んだものづくり。ふるさと納税の返礼品の製作において、試行錯誤を重ねています。

「1年目では、木曽ヒノキを藍染した木軸を使ったボールペンをつくりました。そして今まさに試作を重ねているのが、木とコンクリートを組み合わせたお香立て。木工をベースにしつつも、他の素材や技術と掛け合わせて、まだ世の中にはない新しいものづくりができればと、色んなアプローチを試しています」

一方で、活動を進めていく中では、今メンバーたちがそれぞれ取り組んでいるものづくりを、上松町の協力隊のノウハウとして、しっかり蓄積していく重要性にも気がつきました。一過性の取り組みに留まることなく、協力隊として町の将来をつくるために何ができるかを真摯に考えた結果です。

「個人がそれぞれつくりたいものをつくっていくだけでなく、自分たちのアイデアを上松町のリソースとして根付かせていくために、AGEMATSU WOOD LIFE MAKINGの製品ラインを作ろうと考えていて。協力隊の仲間同士でアイデアを出し合って協力して一つのものづくりを行ったり、その作り方を共有しあったりすることを、自分から働きかけて行っています」

自分らしく“右肩上がり”に生きていく。

そしてものづくりのもう一方で徳永さんが取り組むのは、雇用不足や観光振興といった上松町が抱える課題への対処。既存の様々なコミュニティの人々と積極的につながりを持つことや、外から人々を呼び込む企画の検討を通して、上松町のこれからを考えています。

「今は、様々なスキルを持った人が集まるコワーキングスペースに顔を出したり、他の地域や県の協力隊の人に会いに行ったり、自らも塩尻との二拠点生活をすることで、まずは上松町のことを知ってもらう活動を続けています。また観光視点で言えば、上松町には宿泊施設がほとんどないため、せっかく訪れた人も長くは滞在してもらえないという課題があるんです。それなら一番手っ取り早い宿泊施設として、キャンプをしてもらえればなと。キャンプ道具を貸し出して、『手ぶらで上松にキャンプをしにおいでよ』と言えるような準備を画策中です」

木工だけに留まらず幅広い視野を持ち挑戦を続ける徳永さん。前に進み続けるモチベーションはどこから来るのでしょうか。

「仕事を辞めてまで自分で選んだ道なので、悔いのないように精一杯向き合いたいなと思っています。会社員時代に比べれば年収も格段に減ったし、周りには優秀な人が多くて劣等感に苛まれる日々ですが、それも含めて今、毎日がものすごく楽しいんです。自分の生き方において『こうありたい』と思っている言葉が“人生右肩上がり”。常に人生の最絶頂を更新して生きていきたいと思っていて。嬉しいことに、今はその通りになっていますね」

卒隊後は木工作家として、「オリジナリティのあるものづくりを突き詰めていきたい」とする徳永さん。自分の作品を買ってくれた人の生活を少しだけでもいいものにできればと話します。しかし好奇心旺盛な徳永さんのこと。野望はそれだけに留まりません。

「木工と並行して、大好きなスキューバダイビングのインストラクターライセンスも取得したいんです。南の方で、ツアーガイドなんかをやってみるのもいいなと思っていて。他にも、今協力隊として勉強しているコミュニティづくりにも携わっていきたいし、一つの仕事、一つの拠点にこだわることなく、いろんな挑戦を続けて自分に正直に生きていけたらいいなと思います」。

一番笑うのは、人と話している時だとする徳永さん。地域の内外を問わず多様な人・もの・ことから刺激を受け、また新しいアイデアを生み出してかたちにしていく。その良い循環の源流にあるのは、人生観に裏打ちされた、何事にも楽しく前向きに向き合う姿勢でした。

写真:池田昌広  文:福島絵美