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環境に甘えず
自分を鍛える。

能城碧Aoi Nojo

黙々と作業をこなし、技術の向上のために努力を惜しまない能城碧さん。毎日刃物を研ぐと決め、寒い日も研ぎ場に向かう姿は職人さながら。口数は少ないながらも、決めたことをやり抜く姿勢から、自分の人生は自分で切り開いていくという強い意志が感じられます。高校卒業と同時に上松町にやってきた彼は、「江戸指物の職人になる」という夢に向かって日々邁進中。

能城碧Aoi Nojo

1999年東京都墨田区生まれ。2018年高校卒業、上松技術専門校入校。翌年上松町の地域おこし協力隊として着任し、現在ふるさと納税返礼品製作のほか、上松町役場新庁舎建設記念、成人式の記念品としてボールペン製作などを行う。将来は江戸指物の職人を目指して技術を磨いている。

自分の人生は、自分で決める。

暑い日も寒い日も、毎日冷たい水で刃物を研ぐ。「協力隊は決められたものを作り続ける環境ではないし教えてくれる人がいるわけでもない。だから何か特別な技術を身につけることは難しいのですが、その中でも自分の力で向上できることは何かと考えたら、研ぎだと思ったんです」。そう語るのはA.W.L.M.メンバー最年少の能城碧さん。

「技専の1年間で研ぎの基本的なことは教えてもらいますが、やはり一年だけでは自信もないし“わからないことがわからない”状態。だからせめて刃物のケアや研ぎからやらないとな……とは思っていました。そんな時(高橋)一真さんから『職人になりたいなら刃物の研ぎが基本』と言われたのをきっかけに毎日やってみようと決めました。201910月から今日まで、なんとか毎日続けています。1ヶ月続けた頃から違いがわかるようになってきて、やっと“できないこと”や“わからないこと”がわかってきて、一真さんに色々相談できるようになりました。研ぎを続けて実感したのは、どれだけ本を読んでも、人からやり方を教わっても、自分でやり続けない限りできるようにはならないんだ、ということ」

1年以上刃物と真剣に向き合うようになって、道具への向き合い方も変わってきたという能城さん。鉋(かんな)や砥石など、自分だけの道具も増えてきました。

「道具は少し前から買ってはいたけど手入れをしていなかったので、それらを研ぐことから始めました。そうしているとやっぱり違いを感じたくなり、もっといい道具、もっといい砥石が欲しくなってきて……。最近少し高めの鉋を買いました。この鉋に見合う技術を身につけよう、と気合いを入れ直した思い出の鉋です。高い買い物でしたが、買ってよかったと思っています」

協力隊の3年間で何も身に付かないのは一番いやだ、何かしらできるようになったと言いたい。静かに、でもしっかりと自分の言葉で語る能城さんは、2018年に建築系の高校を卒業。その年に上松技術専門校に入校しました。就職するか、技専に行くか悩んだという彼の背中を押したのは、母親の「自分の人生は、自分で決めなさい」という一言でした。

「高校を卒業してすぐに働きたいという気持ちもありましたが、1年間学んでから働くのでも遅くはないんじゃないかとも考えていて。周りの大人たちに話を聞きながら、卒業ギリギリまで悩みましたが、最後は母親の一言で気持ちが決まりました。この言葉は、今でもなにかに迷った時思い出す言葉です。誰かが決めるんじゃなくて、自分で決める。自分で決めれば誰のせいにもできないし、多少つらくても頑張らざるを得ないから。東京にも技専がありますが、東京にいたら親に頼ってしまうと思ったし、どうせいつかは独り立ちしないといけなかったので思い切って上松町にくることを決めました」

心身を鍛えられた、剣の道。

その意志の強さと粘り強さは、一体どこで育まれたのでしょうか。その秘密は彼が小学校5年生から続けている剣道にあるようでした。

「剣道を始めたきっかけは、刑事ドラマでした。主人公の刑事が剣道をやっているシーンがすごくカッコ良くて。親に頼んで近所の道場に通い始めました。中学、高校では道場に通いつつ、剣道部にも入りました。上松に来てからも誘ってもらい、今も続けられているのでありがたいです。当時高い道具を買ってもらったので、続けないと……(笑)」

剣道を続ける一方で、中学時代は友人と遊ぶための野球にも夢中になった能城さん。

「中学時代、部活以外で友達と遊ぶとなるとだいたい野球でした。野球ができないと遊べないので、そのために野球も覚えてやっていました。剣道はしんどいもの。それもわかって始めたので、多少つらくても続けるけど、野球はただ楽しいものなのでつらくなったらもうやらないと思います(笑)」

1人で突き詰めていく剣道と、みんなで楽しむための野球。その2つのバランスで心身を鍛えてきたようです。

能城さんが協力隊として行う活動の中でもう一つ大切なものに、竹のイルミネーション作りがあります。毎年冬になると上松の街中を彩るイルミネーション。技専時代から現在まで続く能城さんの大切な仕事。9月末から12月中旬まで、仕事後は毎日ねざめホテルへ直行し遅くまで作業をしています。

「技専を受験するために初めて上松町に来た時、ねざめホテルに宿泊しました。その際、受付の方に『来年こういうイルミネーションを作ろうと思うから、技専にきたらぜひ参加して』と誘っていただきました。町の方と一緒になにかを作るという機会はなかなかないので、毎年ありがたく働かせもらっています」

自分で決めたことは、真っ直ぐに最後までやり遂げようと努力し続ける能城さん。現在はA.W.L.M.メンバーとして活動しながら、夢である「江戸指物師」になるために日々頑張っています。指物とは、日本伝統の木工和家具で、釘などを使わずに木の板を差し合わせてつくられたもの。江戸指物の産地として知られている台東区は、能城さんの実家・墨田区からもほど近い距離にあります。

「中学生の頃から家具の職人になりたいと思っていました。調べているうちに、自分は伝統工芸の職人として古くから残る技術を使って家具を作りたいと考えるようになりました。僕が東京の下町出身ということもあり『江戸指物』を知った時、これだ!と。技専時代に就職活動をしていた時、フラッシュを扱う家具工房への求人票もありましたが、やっぱり伝統工芸というものに惹かれ、どうしてもここは諦めたくないという想いが強くありました。職人さんが少なくなっているので、中に入って残していきたいんです」

技専時代、江戸指物の職人の工房へ話を聞きに行くも「弟子はとらない」「自分の代で終わりにするつもり」と門前払いをくらったという能城さん。自分の技術にまだ自信が持てていなかったのもあり、もう少し勉強して出直したいと決意を新たにしました。任期終了後、職人になるため、自分の道具を揃えて、自分で考えてものづくりをし、技術を身につける。彼にとって協力隊での時間は、自分で自分を鍛え、修行する時間なのかもしれません。そんな能城さんが現在ふるさと納税返礼品で製作しているティッシュボックスは、指物の技術を取り入れ、多くの注文が入るヒット商品となっています。

伝統工芸の職人になるために。

「返礼品として作りたいものをリストアップし、この中で江戸指物の技術を入れて作れそうなものを考えました。ビスやクギを使わない昔ながらの製法『あられ組み接ぎ』で作っています。商品が届いた時に、がっかりされないように、写真の方がよかったと思われないように、クオリティを上げたいんです。これが職人の第一歩になっているはず、と信じて作っています」

本当は全て手加工で、機械を使わず作ってみたかったんですが……と笑う能城さん。今後の協力隊の活動として、江戸指物の職人へインターンシップにいきたいと語ります。

「コロナの影響で昨年度行けなかったので、今年こそ現場で見て学びたい。江戸指物の仕事として、歌舞伎や茶道で使われる道具を作る仕事が多いそうなんです。そういった方面の勉強もしていかないと、と思っています。木工から伝統工芸、さらに別のところへと知識が広がっていくのがとても面白いですよね。いろんなことを勉強しながら、研ぎや手加工の技術を磨きながら、夢を実現させるために頑張っていきたいです」

口数少なく、道具や木材と向き合う能城さん。剣道で培ったその忍耐力と強い意志で、今後も上松町でたくさんの製品を生み出してくれるでしょう。若き職人の卵のこれからを、ぜひ応援してください。

写真:池田昌広  文:宮原未来