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場所・ものづくり。

小林信彦Nobuhiko Kobayashi

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A.W.L.M.の初期隊員としてリーダーシップを発揮し、上松町内外からも厚い信頼を得る小林信彦さん。実現したい未来のビジョンや具体的なゴールを決めること、計画的に働くことの大切さを教えながらメンバーを導く、メンター的存在です。協力隊の活動のほか、上松町での起業を目指して個人で活動する「BACKYARD craft&furniture」にて、結婚式のウェディングボードや家具のオーダーメイド製作を行っています。次々とプロジェクトを実行する小林さんの企画力と実行力の源、そしてこれからの展望について話を聞きました。

小林信彦Nobuhiko Kobayashi

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1988年長野県長野市生まれ。長野高専卒業後、2009年ヤマハ発動機に入社。バイクエンジンの設計開発に携わる。同期の結婚式のウェディングボード製作がきっかけとなり、その後のBACKYARD craft&furnitureの立ち上げにつながる。2017年に上松技術専門校入校、翌年上松町の地域おこし協力隊に着任。技専卒業生が上松町に残り続けられる仕組みづくりや、工房、ギャラリーの整備、他メンバーの活動計画のフォローなどを行う。

誰かのために、いま自分ができること。

協力隊木工部の工房整備にはじまり、ギャラリー兼コミュニティースペース「KINOTOCO」の改修整備、webサイトや冊子の製作など、3年間で協力隊の活動に必要な仕組みづくりに尽力してきた小林さん。ほかにも町の小中学生に向けた木工教室の開催など、木育事業にも力を入れています。

毎日忙しく、業務はもちろん取材対応、打ち合わせに飛び回る一方で、2020年には自身で活動するウェディングボードのオーダーメイドブランド「BACKYARD craftfurniture」としてクラウドファンディングを成功させました。

 ▶「結婚式中止の新郎新婦にウェディングボードをプレゼントしたい!@READYFOR」(外部リンク)

「新型コロナウイルスの影響で結婚式が延期、中止になっているというニュースを見た時に、幸せな結婚式を迎える人のためにウェディングボードを作っている自分こそ、その人たちのために動かなければと思いました。10組分くらいだったら自腹で作ってプレゼントできると思い、自分のSNSで募集してみると、あっという間に応募がいっぱいに。これ以上は自分だけの力では難しくクラファンに挑戦しました。結婚する本人たちだけじゃなくて、友達の結婚を祝いたいという参加者や友人側の思いもあるはず。そういう仲間に支援してもらって多くの人に届けたかったんです」。

達成するかしないか、胃が痛くなるような毎日を過ごした小林さんでしたが、目標金額110万円のところ140万円を超える支援があり、無事に目標を達成。現在は40組の新郎新婦に向けて製作の真っ只中。期間中、ものづくりとは、自分ができることはなにか、改めて考え続けた毎日だったと語ります。

「クラウドファンディングを協力隊の課題にしたらいいんじゃないか、と本気で思っているくらいです。自分の想いを込めたプロジェクトを、自分の力で市場にのせて、買ってもらうまでやり切る経験って、これから自分で社会に出てものを売っていこうとする人に必要なことだと思うんです。毎日胃がキリキリするのも、仕事するうえでは当たり前のことなのかもしれないですね(笑)」。

結婚式ができなくなった新郎新婦のために、自分ができることで行動をしたい。その想いでプロジェクトを達成させた小林さん。人のために全力になれるものづくり、誰かの笑顔のためのものづくり。その原点は父親の姿でした。

「僕の父親がすごく器用な人で、段ボールや木でおもちゃを作ってくれたんです。当時は、また手作りのものかー、と思っていたけど、今思えば『ほしいものは作れる』という教えだったと思いますし、僕自身にもその考え方が自然と身についていたと思います。それが僕がものづくりをはじめる原点でした」。

そんな父親の背中を見て育ち、ものづくりは楽しいという純粋な気持ちのまま、県内でも有数の工学系の学校・長野高専に入学。しかし5年後の就職活動の時には、大きくて有名な会社に就職したらいいと考えていた、と小林さん。

「学校の推薦で入った会社でしたが、当時は特に夢もなく、どうせなら大きい会社に入って、そこそこのお給料をもらって、結婚して家建てて……と漠然と考えていました。その会社はバイクメーカーで、ものづくりには関わっていたのですが、大きい会社だったので仕事は完全に分業化。設計担当の僕はパソコン仕事の毎日でした。ものづくりをしている実感が湧きづらかったので年間90万台売れている、と言われてもどこかの国で、知らない人が乗っているんだなぁという気持ちしかありませんでした。入社してすぐはできる仕事も少なく、優秀な先輩についていくのがやっと。当時は暗黒期と思っていましたね(笑)」。

ちょうどその時期、会社の同期から結婚式のウェディングボード製作の依頼が。手先が器用そうだしセンスもいいから、という理由で製作を頼まれたこのウェディングボードが、のちのBACKYARDにつながっていきます。

「なんで僕なんだろう、という思いもありましたが(笑)、せっかく作るならと思って自分が作ってみたいイメージを、相手に合いそうな雰囲気を考えながら一生懸命作りました。実際できたものを渡しに行ったら『これもらっていいの?本当にいいの?』ってすごく喜んでくれて。そのリアクションがうれしかったんです」。

結婚式に出席した他の同期からも「これ作ったの?すごい!」「今度俺の結婚式にも作ってほしい!」という声があり、その後もたくさんの人の結婚式に携わってきた小林さん。友人のことを考えて、自分の好きなものを作ることの楽しさ、そして受け取った人の喜ぶ顔、そして結婚式という誰もが幸せな瞬間に携わることができる喜びを改めて感じたといいます。「これ、売れるよ」友人からのその一言がきっかけとなり、2016年にwebサイトでの販売をスタートさせました。

「笑顔が生まれるものづくり」の道へ。

「会社での暗黒期、このまま辞めても会社になにも貢献できていない、なにも身についていない、せめて1人である程度の仕事ができるようになるまで頑張ろうと思って働いていました。そこから数年後、頑張ってきたことが活きてきて、任せられる仕事も多くなり、大変だけど楽しく感じられるようになりました。30歳を前に、会社での自分の仕事にある程度納得できるようになったこと、自分のやりたいものづくりが見つかったことで、本腰を入れて木工を学ぼうと決めました」。

2017年、小林さんは上松技術専門校への入校を決意。1年間木工の基礎を学んだのち、選んだのは地域おこし協力隊として上松町に残る道でした。

「実は、技専在学中に就職したいと思う工房に名古屋で出会って。そこは作っている家具はもちろん、働いている人たちの考え方もすごく素敵でした。そこの社長さんは、『家具は手段であって、その人が望んでいる生活や暮らしに何が必要なのかを常に考えている』『家具を売るより、その人の人生を一緒に考えている』とおっしゃっていて、その考え方がすごく自分にしっくりきたんです。でも、その年は求人募集をしていなかったのもあって就職は叶わず。本当に素敵な工房だったので、ここに未練を残したまま別の工房で働くという気持ちにはなれなかった。だから、暮らしを考えるものづくりをするための木工の勉強や製作は自分で努力すると決めました」。

「もともと地域おこしというものには、ほんの少し興味はありました。長野市の篠ノ井が地元なのですが、中学校時代の仲の良い友達と楽しく過ごしたこの街がすごく好きで。だから毎年地元の仲間と集まるために帰省するたび、どんどん寂れていく町を見るのがさみしくかったんです。ゆくゆく自分が自立したら、同時に篠ノ井の町をなんとかしたいという思いがあったんです。だから、上松町で協力隊の木工部を作ると聞き、地元のために何か学べるんじゃないかと思い手を挙げました」。

協力隊としてなにをやるか。そう考えた時、小林さんの中に生まれたのは、技専時代のように楽しく製作活動をしたい、この町で木工をしたい仲間が一緒に働ける場所をつくりたい、という思いでした。

「上松技専での1年間が本当に楽しくて(笑)。高校を卒業したばかりの10歳年下の3人組とは特に仲が良く、実習時間も休みの日も、いつも4人で過ごしていました。またいつかこの3人と一緒にものづくりや仕事がしたい。それが可能な環境を上松町につくりたかった。だから、当時町はとりあえず2人採用して、次の年にまた人を増やすということは考えていなかったみたいですが、僕は最初の面接で『毎年人が入ってくる仕組みにします』と宣言してしまいました(笑)。協力隊として、木工で起業する人が増えていく仕組みづくりをしたいと考えたとき、僕のやりたいことやプロジェクトは3年では終わらないな、とは思っていました」。

上松町を「挑戦できる町」に。

3年では終わらないと予想していた通り、3月の卒業後も上松町に残ることを決めた小林さん。BACKYARDとしてものづくりをしながら、役場や協力隊と協働して町に関わり続けたいと話します。

「上松町を、やりたいことに挑戦できる町にしたいんです。若い人がなにかをやってみたいと思った時に、大人が知らないことだからできない、環境が整っていないからできないということをなくしたい。何かに興味をもった若者が集まって話せる場所があって、僕がその相談役になれたらいいなぁ。一緒に調べて、一緒になにかやろうって、前向きな相談ができる大人がいたらきっと楽しいですよね」。

技専時代の友人が上松町に帰ってきたいと言った時、町出身の人がUターンを考えた時に、じゃあ一緒にやろうと言える場所を残したい、サポートできる人でいたいと話す小林さん。誰かのために走り続けられるのは、関わる全ての人の人生や本当に必要なものを、自分のことのように真剣に考え続けているからなのかもしれません。

トップ写真:長屋詠一郎  本文中写真:池田昌広  文:宮原未来